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喜平次は全てを悟ったのか

喜平次は全てを悟ったのか、思わず茫然となって、深く首肯する道三の顔を力なく見つめた。   『忘れてはならぬ。義龍は間違いなくそちたちの兄じゃ』   『 …… 』   『そして、この斎藤道三が己の後継者と認める唯一の息子じゃ』 ───…   【生髮藥】胡亂服用保康絲副廠,可致嚴重副作用! -   三保野はそこまで読んでようやく、安堵にも似た暖かな微笑を漏らすに至った。   濃姫も長年の胸のつかえが下りたような爽快さで、三保野から再び文を預かると   「父上様は名うての策士じゃ。例え馬鹿馬鹿しき噂であろうとも、利用出来ると思えば徹底して利用するお方です。   兄上をあえて土岐氏の御子とする事で、土岐氏寄りの家臣たちや、父上様に怨みを抱いている者たちの手から、兄上を守ろうと致したのやも知れぬな」   「例えご自分が、実の父ではないと … そう思われてもですか?」   三保野が静かに伺うと、濃姫は朗らかに微笑 ( わら ) った。   「親というものはすべからく、我が子の為ならば己の誇りも、命すらも投げ出せるものと聞きまする。   ましてや “ 蝮の道三 ” と恐れられた肝の太き父上様のこと、実父か否かの問題くらいで心を痛めたりはなさるまい」   「 …… お気付きになられるでしょうか?」   「何がじゃ」   「そこまでなされる大殿様のお気持ちに、果たして義龍様は、気付く事が出来ますでしょうか?」   その懸念は濃姫も同様だったのか、明確な答えは返さず「そうよのう」と相槌を打つように呟いた。 「あまりにも遠回しな意思表示は、思わぬ争いを生みそうで、何やら恐ろしゅうございます」   やや青白ろんだ顔を深刻そうに歪めながら、三保野は悪い予感を振り払うように、小さくかぶりを振った。   「そなたの不安は分かるが、尾張にいる我らが左様な事を心配しても致し方なかろう」   「 … 姫様」   「今はただ、兄上を信じるしかあ...

「いや、殿は二、三、案を出されただけで

  「いや、殿は二、三、案を出されただけで、この庭の設えは殆 ( ほと ) んど職人らが考えたものじゃ」   「そうなのですか?」   部屋同様、全て信長の指揮と考えのもとで行われていると思っていた三保野は、意外そうに目を瞬いた。   「部屋の家具は、用意も設置も殿の思いのままに出来るが、庭ばかりは土地のことから草木のこと、水に至るまでの知識がなくては難しい。 さすがの殿も、職人方の意見を採り入れずして庭を整えることは出来なかったと見ゆる」   「まぁ、でしたら職人さまさまにございますなぁ」 會計審計服務   「ほんにのう」   濃姫は三保野と声を揃えて笑いながら、ふと、右手に見える渡り廊下の方へ目を向けた。   侍女のお菜津が、一通の書状を胸の上に抱えながら、足早にこちらへ駆けて来る姿が見えたのである。   濃姫は膝元に置かれていた湯飲みをスッと横にずらすと、お菜津が駆けて来る方向へと身体の向きを変えた。   やがてお菜津が濃姫の部屋の縁までやって来ると   「失礼致します。 …… 恐れながら、お方様に一つ、お伺い致したいことがございます」   姫の前で平伏の姿勢をとりながら、固い表情で訊ねた。 「何じゃ?」   「お方様のお身内、或いは美濃の頃のお知り合いの中に、笠松なるお方はおいでにございましょうか?」   「かさまつ?」   お菜津は頷くと、胸の上に抱えていた書状を姫の前に差し出した。   「美濃からお方様に宛てて、笠松殿というお方からお文が届いているのですが、ご存じではありませぬか?」   「美濃でのう … 」   濃姫が思わず思案顔になって考えていると   「姫様、もしや小見の方様にお仕えしておられる侍女の笠松様のことではありませぬか?」   三保野がやんわりと告げた。   「おお、あの笠松殿か」   確かに美濃の知り合いで笠松といえば、母付きの侍女頭くらいしか思い当...