土方は荒い息

土方は荒い息を何回か吐くと、肩の力が抜けたように項垂れた。溜め込んだ物を発散したことで、幾許かは冷静になれたのだろう。

 

 

「……山南の、馬鹿野郎…ッ」

 

真に裏切った訳では無いということは、避孕藥 土方も内心では分かっていた。

 

山南のせいにしておけば心が軽くなると思っていたのだ。だが、ますます心は重くなるばかりでどうしようもない。

 

 

土方は片手で顔を覆い、俯いた。

 

「……土方副長。山南先生が戻ってきたら、話しをして下さい。後悔しないように」

 

「…あいつの事ァ総司が逃がすぜ。何たって、兄貴分だったんだ。いや、その為に総司を行かせたんだ…」

 

 

その声は、もはや懇願にも近い。

 

朝が来れば山南は脱走扱いとなり、隊規に照らして切腹を言い渡さなければならなかった。

 

身内だからと甘く見るのは、山南が許さないだろう。

 

 

「総司には馬まで持たせた…。馬なら、山南の体力でも江戸まで辿り着ける……そうだろう」

 

そこまで考えた上で、馬で行かせたのかと桜司郎は驚いた。

 

そして、それ程山南のことを思っておきながら、何故こうなる前に素直に話せなかったのかと、土方の不器用さが不憫に思えた。

 

「…この事は胸に秘めておきます。駄目ですよ、平隊士の私に手の内を明かしては」

 

「今のお前は一番組頭代理、だろうよ。それに、信頼に値する口の硬さであることは今日で分かった。ベラベラ喋っちまってねえから、山南の事が公になってねえんだろ」

 

「それは…そうですけども」

 

 

土方は目元を僅かに赤くしながら、顔を上げる。

 

「……先程は済まなかった。三十にもなる男が八つ当たりなんかして、みっともねえったらねえな」

 

「十でも三十でも五十でも、不安な時はあるじゃないですか。私だって、副長に泣き顔を見られていますから」

 

 

桜司郎がそう返せば、土方は穏やかな表情になる。

 

「生意気言って済みませんでした。山南先生…戻って来ないと、良いですね」

 

「ああ…」

 

 

返事をした土方の目は既に遠い何処かを見ていた。明け方。雪は降り止み、白み始めた東の空からは朝陽が覗いている。

 

早く目覚めた山南は沖田を起こさないように布団を抜け出すと、外へ出た。

人のいない大通りを進み、近江の山を見渡せる位置に佇む。それはいつの日だったか、おさとと共に見ようと約束したそれだ。

 

山々には白い雪化粧が施され、朝焼けに染まった空との共演が何とも美しい。

最期のそれを目に焼き尽くすように、山南は立ち尽くした。

 

「おさと……貴女の故郷の山は美しいですね」

 

 

彼女に何も言わずにこうして決断したことを、彼女は恨むだろうか。勝手だと罵るだろうか。

それでも仕方ない。彼女の思いを置き去りにしたことは事実なのだから。

 

今日、壬生へ帰ったらいよいよこの世とはお別れになる。

 

そう思うと何とも言えない心地になった。怖い訳ではない、ただ本能的なものだろう。

 

 

「最期まで、新撰組総長として……」

 

 

──総司には綺麗事を言ったが、それは私の弱さを見せない為の詭弁だったのかもしれない。

 

新撰組を愛しく思いながらも、私を取り囲む全てが煩わしくて仕方が無かった。

 

それだと言うのに、私は何一つ手離すことが出来ない。その結果、何もかもが中途半端になってしまった。

おさとの事も、総長としての自分も、試衛館からの仲間としての自分も、武士としての自分も。

 

 

余りにも、愛しいものが増えすぎたのだ。

 

 

そうこう時間を潰して宿へ戻ると、既に湯気の立つ

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