「ちょ!どしたん?」
「ちょ!どしたん?」
急に三津が泣き出すから一之助はどうしたらいいか分からずおどおどするしかなかった。
「すみません!何でもないです!」
「そりゃ恋仲と離れてここで一人は寂しいっちゃ。ねぇ?もう!嫌な事思い出させんとって!お三津ちゃん顔洗っておいで。」
しずはそっと三津を店の奥へ引っ込ませて絡む客達に説教を始めた。
三津は勝手口から外に出て前掛けで顔を覆って涙を止めようとした。
「三津さんすまん……。大丈夫か?」
心配した一之助もついて出て来た。
「大丈夫です!ごめんなさい私泣き虫ですぐに泣いてもて……。」
でも大丈夫だからと連呼していると一之助の手が頭に被さった。
「そりゃ寂しいわな。今までずっと一緒やったのに離れ離れなって知らんとこで一人で待つんは。それにここで見世物にされてしんどいわな。」
ここで優しくされると余計に涙が止まらなくなるじゃないか。
「大丈夫です……。」
「大丈夫やないやろ嘘つくな。頼れや。」
一之助は三津が落ち着くまで頭を撫でてやった。嫉妬の眼差しが向けられているなんて思わずに。
「今日はホンマにすみませんでした……。」
泣いて途中抜けてしまうなんて大失態だと肩を落とした。
「ええんよ。ごめんね?遠慮ない客の相手なんかさせて。」
毎日毎日好奇の目に晒されて精神的に負担になるのはしず達も分かっている。大丈夫だからねと慰めて,しょんぼりする三津を帰した。
「あ,降ってきた。」
店から少し歩いた所でポツポツと雨が顔に当たった。
「傘取ってくるけ待っちょって。」
一之助はすぐ戻ると三津を残して店に引き返した。
これからもっと降るのだろうかと空を見上げて佇んでいると,
「ねぇちょっと。」
声をかけられて振り向くと,ガツンと額に衝撃を受けた。
何が起こったか分からないが痛みとともに三津は目の前が真っ白になってそのまま仰向けに倒れた。
「ちょっと!額に当たってもたで!?血ぃ出ちょるやん!」
「早よ逃げよ!」
三津はぼんやりその声と走り去る足音を聞きながら目を閉じた。
傘をさして走って戻って来た一之助は道端で倒れているのが三津だと一瞬分からなかった。
「三津さん?三津さん!?」
目を離したこの僅かな時間に何があったと混乱状態に陥った。額から血を流す三津を慌てて抱き起こした。その側に拳ほどの白い塊が転がってるのを見つけた。一之助はそれを手に取り三津を抱き抱えて店に引き返した。
『何やろ……じんわりおでこが痛い……。』
そんな事を思いながらゆっくり目を開けると泣きそうな顔の文としず,次郎と一之助の顔が飛び込んできた。
「あれ?私……。」
「良かったぁ!もうびっくりしたわぁ……。」
涙ぐむ文を初めて見た。私が泣かせてしまったのかと三津は働かない頭で考えた。
「すまん三津さん,俺が目を離したから……。」
三津は痛かったのは覚えているがその後の記憶がさっぱり無い。そんな三津に一之助はこれで殴られたのではと手のひらに乗せた石を見せた。
拾った白い塊は石に紙を巻き付けた物だった。紙には失せろ余所者の一言。
「文ちゃんお三津ちゃんごめんなさい!私がしっかり説明しとくべきやった。」
畳に額をつけて謝るしずを見て文と三津は顔を見合わせた。
「うちで働く若い子らはいつも嫌がらせ受けるんよ。でも怪我するような事は今までなかったから……。」
雇われる若い娘は必ずあらぬ噂を町中に流され,誹謗中傷する内容の書かれた紙が店の前に撒き散らされたり,酷い時はその娘の家にまで嫌がらせが及んだらしい。
「これはやり過ぎってどころの話やないっちゃ……。」
一之助は声を震わせ唇を噛みしめた。自分が離れなければと己を責める。
「お三津ちゃん怖い思いさせてごめんね……。怖い思いしてまでここで働く必要ないからね……。」
「あの,ご迷惑やなかったら続けますよ?私。」
「……え?」
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