「本当に三津は欲がない

「本当に三津は欲がない。人なんて自分が良ければ周りなんてどうでもいいって思う奴らが殆どや。自分の利益が一番で他人を不幸にしてでも幸せになろうとする奴ばかりや。

三津は充分すぎる程みんなの幸せを願って尽してきた。やけぇ幸せになってもいいそ。一緒に幸せになろ?」

 

 

三津の手を取り,そっと握って微笑んだ。三津はその手を握り返した。

 

 

「三津,今回は後悔したくない。次に会えるのはいつになるか分からん。やけぇ後悔したくない。」

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三津の髪を撫でてその手を頬へ滑らせた。鼻先が触れ合う距離まで顔を寄せた。二人の息が混じり合う。

三津はそれを受け容れた。

 

 

「どうしよう……。心臓が……。」

 

 

入江は眉尻を下げた情けない顔で三津の手を自分の左胸に持っていった。今までにないぐらいの速さで鼓動を打っている。

 

 

「それは私も同じです……。」

 

 

三津も消え入りそうな声で呟いた。そのまま二人は黙り込んだ。この後どうすればいいのだろうと二人して初心者のような事を考えていた。

ふざけあってる時は何とも思わないのに意識した途端にこれだ。

 

 

「なっ長旅に備えてゆっくり休む準備を……。」

 

 

「そうやな……。ちゃんと布団で寝よう。いやあのっ!寝るってのは眠るの意味でっ!」

 

 

急にあたふたしだした入江を見て三津は声を上げて笑った。

 

 

「はい,布団で就寝しましょう。用意しておくので九一さんは体拭いてきてください。あっ変な意味はないですよ?」

 

 

「分かっとる……もうからかわんで……。」

 

 

入江は心臓が変な脈を打ってるとぼやきながら風呂場に向かった。

三津はにこにこしながら見送ったが一人になった瞬間に大きく息を吐いた。こっちも心臓が変な脈を打ってると胸に手を当てた。

 

 

布団を敷いてその上にちょんと正座をして久坂に問いかけた。

 

 

「兄上,友達と恋の境目が分かりません。」

 

 

入江との関係は損得勘定も恋愛感情もないものだった。だから周りから男女の間柄と捉えられるのが不服だった。

でも今となって,もしかしたらこれは恋愛感情なのかと思い始めた。

 

 

謂わば家族に対する感情に近いものがあった。桂以外に持つ好きと言う感情は家族や友人に対する好きと同じものだと思っていた。

 

 

ただ入江はそのどちらにも属さない,言い表せられないものだが家族愛に近いものと思っていた。家族のようなものだから男女の仲と捉えられるのが違和感だと思っていた。

 

 

でも入江を男として見た時点で家族の枠からはとうに外れていた。『兄上……私は九一さんに恋してるでしょうか……。』

 

 

だとしたらいつからだろう。入江を特別だと感じ,必要だと自覚したのは。

 

 

「そもそも恋ってなんですか……。」

 

 

そんな事を呟いた時,ごとっと音を立てて吉田の脇差が畳の上に転がった。その音に驚いて三津が瞬時に音のした方を見た。置いていた文机の上から落ちていた。

 

 

「えっ?えっ?何で?吉田さんどうしたの?怒ったの?」

 

 

慌てて這い寄って脇差を拾い上げて胸に抱いた。

優柔不断な自分に何か抗議しているような気がした。

三津は子供をあやす様に胸に抱いたまんまごめんなさいごめんなさいと謝った。

 

 

「三津?どうしたん?」

 

 

誰に謝っとるん?と不思議そうに首を傾げて三津の側に近寄った。

 

 

「あっ九一さん……。吉田さんが勝手に文机から落ちてもて……。何か怒ってはる気がしたから……。」

 

 

不安げな顔をする三津の頭を撫でて落ち着かせながら抱かれた脇差に目を落とした。

 

 

「稔麿……さては妬いとるな?」

 

 

にんまりと笑いながら吉田に触れた。

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