しく、賢く、心優しき殿方のことを
しく、賢く、心優しき殿方のことを、意味もなく嫌う女人などおりませぬ」
「様…」
「そなた様が、文面から伝わる松姫殿のお心にかれたように、姫君も、あなたのお心に惹かれているのです」
表面上のことなど気にする必要はないと、濃姫は強く頷いた。
「松姫殿をお信じなされ。あなたが信じて差し上げれば、きっと姫君も、あなたの思いにえて下されよう」
きっと大丈夫。
老いても美しいその面差しに、濃姫は日なたのような暖かな微笑を広げた。
そんなを見つめる内に、信忠も、自信を取り戻したように笑顔になる。
「有り難う存じます。 ……何やら、不思議なものですね」會計審計服務
「不思議?」
「養母上様と話していると、本当にそのようになりそうで、何やら勇気が湧いてきまする」
「まぁ」
「実母であったお類の方(吉乃)が亡くなってよりは、養母上様がわたしにとっての、まことの母にございました。
のわたしがあるのは、養母上様のお支えがあったればこその事。心より、感謝申し上げておりまする」
に頭を垂れる信忠を前に
「まぁ、そのような…。急に改まって…」
と、濃姫は気恥ずかしそうにはにかんだ。
「本心にございます。これよりは、今までにも増してご致しとう存じます」
社交辞令ではなく、信忠は心の底からそう思っていた。
自分を正式な織田家の世継ぎとする為に養母となる道を選び、常に長兄として立て、
胡蝶が生まれてからも分けてなく愛情を注いでくれた濃姫は、まさに母そのものだった。
血の繋がりはなくとも、本当の親子になれる。
それを身を持って教えてくれた濃姫に、信忠は感謝の思いしかなかった。
濃姫は照れくさそうに、だが嬉しそうに口元をめた。
「有り難う。そのお言葉だけで、一生分のを受けた心持ちです」
「何を申されます、孝行はこれからにございます。して差し上げたいことが、山のようにあるのですから」
お楽しみになさっていて下さいと、和やかに笑うと
「では、父上様に挨拶して参ります故──また後ほど」
信忠は会釈して、座敷の方へ去って行った。
随分としくなった信忠の背中を見送りながら “ 実に良き息子を持った ” と、濃姫は満ち足りた思いで微笑んでいた。
───酒宴が終わり、信忠が宿所の妙覚寺へ戻る頃には、もだいぶ更けていた。
信長は、の囲碁の対局を見てから、
白絹の寝衣に着替えて、居所である西の書院へと戻った。
「…?」
寝所としている隣室のを開けるなり、信長はその細い眉を軽く歪めた。
室内には、侍女たちによっての用意が整えられていたが、夜を共にするはずの妻の姿がどこにもない。
信長は中に足を踏み入れ、軽く周囲を見回すと、南側の障子がかに開いているのに気が付いた。にそこへ歩み寄り、障子の外に目を向けると、
前庭に面した縁に端座して、じっと月を眺める濃姫の姿があった。
「…そなた、そのような所で何をしておる?」
障子を開き切って、信長が訊ねると
「見て分からなければ、言うても分かりますまい」
濃姫は月を見上げたまま答えた。
「上様がなかなか戻って参りませぬ故、お待ち申し上げている間に、ふと、月が見とうなりまして」
「わざわざ待たずとも、先に休んでいれば良ったであろう」
濃姫は静かに微笑んで、夫の方へ顔を振り向けた。
「私は上様の正室ですよ。より先に床へ着くのは、婦女子の教えにる行いにございます故」
「しおらしいことを申す」
信長は口端をつり上げると、濃姫の横に腰を下ろして、共に月を
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