これは持っていこう。

 

これは持っていこう。

 

いや、連れていこう。

 

 

近藤はホトガラを大事そうにしまうと、再び作業に取りかかった。

 

今は懐かしんでいる暇はない。

 

そんな時、ふとドアが空いた。

 

 

「近藤さん」

 

「ん?斉藤くん。なんだ?」

 

近藤は荷物をまとめながら応えた。

斉藤の足だけが視界に入る。

 

 

「これ」

 

ん?と近藤はやっと顔を上げた。

斉藤はなにやら汚い布を握っていた。

 

それをバサリと広げる。【生髮藥】胡亂服用保康絲副廠,可致嚴重副作用! -

 

 

薄汚れた赤い生地に、白で染め抜かれた『誠』。

 

斉藤が持ってきたのは新撰組の隊旗であった。

 

 

「これ、掲げて行きませんか?」

 

 

もう一度、この地から新撰組を──…

 

 

近藤の心はかなり揺らいだ。

 

 

しかし自分達は既に賊軍。

狙われる身。

目立つということは御法度。

 

 

「それは止しておこう」

 

近藤は苦虫を噛んだように笑った。

 

 

「承知」

 

 

斉藤も迂濶なことを言ったなと思ったのか、頷くとその場を後にした。

 

本来なら、隊旗を掲げることによって士気を上げ、農民を刺激することができたのだが、変装しているにも関わらずそれをするのはあまりに軽率すぎる。

 

自らの正体をバラすようなものだ。

 

本当に動きにくくなった。

 

相変わらず旧幕府からは動きが見られない。

かわりに2000両程の軍資金がまたもや渡された。

 

どうやら本格的に投げやりになってきたのだろうか。

いや、今に始まったことではない。

 

 

近藤の準備も済み、隊士の待つ下総の流山へ向かった。

流山。山と言うからそれなりの小高い山を想像するだろうが、そこまで大それた山ではない。軽い丘陵のようなものだ。

 

 

「広いですね~」

 

沖田が腕を伸ばして大きく息を吸った。

 

 

「えぇ

 

美海もその広さに圧倒されている。

 

 

しばらく歩いて大きな橋を渡ればそこには広大な下総の地が広がっていた。

 

道は一本道で、回りは緑で覆われている。

まさに大自然。

 

「こんなけ空気が良ければ益々私の病も治りそうだ」

 

沖田が不意に言った。

それはとても自然に出た言葉。

 

美海がチラリと沖田を見る。

 

 

「それなんですが

 

 

 

今まで真っ直ぐに歩いていた土方と近藤だが、足を止めた。

美海と沖田が最後尾を歩いていたため、前の市村と斎藤も振り返る。

 

 

「沖田さん」

 

「ははい?」

 

 

美海の改まった態度に緊張しながらも沖田は答えた。

 

「それなんですが

 

ゴクリと息を飲む。

 

「実は、薬を服用し始めてからもう丁度ぐらい9ヵ月が経ったんです」

 

「そうでしたか」

 

 

沖田もすっかり忘れていたようだ。

 

 

「あの薬は現代の物をできるだけ酷似させて作ったもの。この時代で通用するかなんて、もう本当に運試しのようなものでした」

 

美海の言葉に回りは不安そうな顔をする。

 

回りの草々が不気味に揺れた。

 

 

「あれが利くかなんてわからなかったし、私にあなたを救えるかもわからなかった。でも、何もしないのはもっと後悔するだけで

 

近藤は心配そうに見守っている。

「最近は咳もしませんよね?」

 

はい」

 

沖田は慎重に答える。

一帯何を言われるのかわからない。

 

 

「微熱が続くことも、嘔吐を訴えることもないですよね」

 

「そういえば

 

沖田は頷いた。

 

そうかもしれない。

 

 

「沖田さん!」

 

「はっはぃぃい!」

 

いきなりの呼び掛けにぼんやりと考え事をしていた脳が呼び覚まされた。

 

 

 

 

「おめでとうございます!あなたの長患いもようやく全快です!!」

 

沖田はポカーンと口を開けている。

 

「わもう治ってるんですか?」

 

 

「はい!!」

 

美海はにっこりと笑った。

 

「あの、不治の病が?」

 

「はい!!」

 

 

 

「本当に治ったんだ

 

立ち尽くす沖田の目からは一筋の涙が溢れた。

 

周りは喜びを隠しきれないようで、全員顔が綻んでいた。

 

 

「完璧に完治なのかはわからないんですが、もう今の状態を見ると、限りなく完治とみていいと思っています」

 

 

「すごい!すごいっす!!不治の病に勝ったんですよ!!」

 

市村が目を輝かして叫ぶ。

 

先ほどまでの草木をざわめかす不気味な風はいつの間にか、春を呼ぶ清らかな風へと変わっていた。

 

「本当は6ヵ月の時点で治ったかな?と思っていたんですが、怪しいところがあったので、予備として最大の9ヵ月に伸ばしました。

あなたは、もう大丈夫ですよ」

 

 

美海は微笑んだ。

 

沖田は嬉しそうに笑うと、大きく頷いた。

 

 

「よし!!出だしから良いことがあったじゃねぇか!あっちに着いたら総司の祝いとして宴会だな!」

 

近藤はにっこり笑うと再び歩き出した。

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